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再生

昨年、バッサリと切られてしまった並木道の樹木をご紹介したのですが
http://arttherapy.exblog.jp/22162790/

その並木、今では豊かな青葉に覆われて、目に眩しくそよいでいます。
すっかり素敵な並木道に戻りました。

すごいですね。。

バッサリと切られてしまった時には
風情を感じられない伐採に、ほとほと残念な気分になったのですが
こうして月日がたってみて分かることもあるのですね。。

「再生」という言葉は、並木道を歩いているときに、ふと思い立ったのですが
それは「葉っぱのフレディ」(レオバスカーリア著、童話屋)がイメージにあったからかもしれません。

再生と対で使われる言葉は、死です。
死と聞くと、良くないイメージを持たれる方がいらっしゃるかもしれません。

事実、特に身近な人が亡くなることは、例えようもないほど哀しいものです。

人は生きていく中で、さまざまな困難に直面するものですが、越えられない壁はないと言われています。

私自身、直面する困難それぞれには意味があることだと思えるのですが
しかし、死に対してだけは、何物にも抗えないような不条理さを感じることが多く
その感覚は年月とともに、強くなっていくように感じます。

だからこそ、それまでの間、どう生きるかが問われるのかもしれませんね。

同時に、生きていく上では、そう簡単に答えが出ることばかりではないということでしょうか。。

もう春ですね。。

少し遠出をしてみたい気分です。

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by art-yokohama | 2015-03-10 00:00 | ブログ

新緑の季節

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新緑が爽やかに感じられる季節になりましたね。
近くにある公園の脇にある歩道は、私の大好きな場所でした。

公園からは、鳥のさえずりに加えて、夏にはものすごくにぎやかな蝉の声、
秋には鈴虫が一斉に鳴きはじめます。
公園内の大木の多くは桜の木なのですが、花が咲いて、葉桜になって
秋には紅葉が一斉に散っていきます。

この歩道を通る度、季節の移り変わりを感じられるのがとても好きでした。

そして好きな理由のふたつめは、公園内に植えられている桜などさまざまな大木の
枝や葉が、歩道の上をアーケードのように豊かに茂っていることでした。

今の時期は木漏れ日の中を歩くのが清々しく、また、暑い夏には日よけに
雨の日は雨よけにもなってくれていました。

ところが、先日、突然に、その大木の枝葉がバッサリと切りとられてしまっていたのです。
剪定は例年行われていたのですが、あくまでも茂りすぎた枝葉などに限られ
切った後は見通しがよくなり、気持ちよく感じていたほど。
今回は見事に、歩道と公園を見えない壁の境界線で仕切ったかのように
豊かな枝葉のアーケードは完全に姿を消してしまいました。

一日ですっかり変わってしまった歩道には、落ち葉が綺麗に掃除されたせいか
道幅がかなり広くなり、頭の上からの鳥のさえずりも、風でゆれる枝葉の音も
すっかり聞こえなくなってしまいました。一方で、直射日光で乾いたアスファルトからの
照り返しや、今まで気にならなかった車道の光景や騒音に自然と目が行くようになり
個人的にはとても残念な気分です。。

落ち葉や鳥のフンなど歩道を歩く人からの苦情などがあったのかもしれませんね。

良い、悪いで単純に片付けられないことは多いものです。

木々の成長の力強さを信じて、また木漏れ日の中を近い将来
歩けるようになりたいな、と秘かに願うこの頃でした。






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by art-yokohama | 2014-05-26 00:00 | ブログ

大人のための描画分析

団体ぐるぐるさんのご協力で開催させていただいている神奈川区役所での
アートワークが9月19日に終了しました。子育て中の女性が多い中
今回は参加者の皆さまに描画分析を体験していただきました。

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絵を描くのは苦手という方もいらっしゃいましたが、描きはじめると自然と集中して
描くことを楽しんでいただけたようでした。こうしてわずかでも自分の時間を持って
何かに集中することも、自分を大切にすることにつながるのかもしれませんね。

今回もさまざまな描画を通して、豊かな気分になったひとときでした。

ぐるぐるの原山さん、ご協力ありがとうございました。
また皆さまとお会いできる日を楽しみにしています。
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by art-yokohama | 2013-09-19 00:00 | ブログ

完璧主義

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今の私が周りの方にどう見えているかわかりませんが
この仕事を始める前の私を一言で表すなら、間違いなく「完璧主義」
それもかなり強烈な部類だったかと思います。。(苦笑)

「手を抜くこと・適当にすること」と
「いいかげん」の違いは全く理解できませんでしたし
ぶつかることも多く、いつも疲れていたように思います。

もちろん、今でも完璧主義なところは残っています。
でもそれは、自分をしばるものであったり
自分や他人に何かを強いることではなくて
自分からそうしたいと感じ
自分が気持よく過ごせるために使っている、といった具合です。

この性質が日常生活に役立っていることも少なくありませんし
今となっては私の最大の強みなのかもしれませんね。
すっかり手抜きも上手になりましたし(笑)

自分が変わることで生きやすくなるということを実感している今
どなたにとっても自分本来の生き方ができるよう
講座やカウンセリングを通して
私のできることを続けていきたいと思っています。
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by art-yokohama | 2013-09-05 00:00 | ブログ

David Foster

チョコレートなど何か特定のモノが無性に食べたくなる瞬間ってありますよね。

それと同じ感覚で、今年に入ってから無性に何かの音楽が聴きたい!
という衝動にずっとかられていました(笑)
とは言っても、これといって聴きたい曲があったわけではないので
手あたり次第クラシックを聴いていたのですが、どれもしっくりせず。。

そうしていたら、ついに見つけました!
十数年前によく聴いていたアルバムなのですが
デイヴィッド・フォスターの「シンフォニー・セッションズ」。
彼のピアノの旋律とオーケストラとのセッションがとても美しく
聴いていると最高にいい気分になります。

特に「Winter Games」からの後半が今の私にはしっくりくるようで
「Water Fountain」「Just out of Reach」などを聴いていると
カラダの中が浄化されるような、そんな感覚になります。
頭が空っぽになって、全身で音を感じることに集中している瞬間なのかもしれませんね。
ラストの「We were so close」も、また静かでとても美しい曲です。

ちょっとだけ自分を認めたり、許したり
肩の力を抜いたり、気分転換したり、元気になりたいときに
おススメのアルバムですよ。

気持ちや感覚が今欲していること
頭で考えて考えて考える毎日ではなく
ほんの少しの合間でも
自分の感性、感覚の求めるものを
自分に与えてあげること
芯の部分が穏やかにゆすぶられるような
そんな感覚を味わうことも
大人の私たちに必要なことかもしれませんね。

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by art-yokohama | 2013-02-14 00:00 | ブログ

大人って。。

あなたが考える「大人とこどもの違い」って何ですか?

-社会性や常識を兼ね備えていることでしょうか。
 経済的にも精神的にも自立していることでしょうか。
 それとも、上手に協調性を発揮して本当の自分は出さないでいることでしょうか。。

アートセラピストとして、この問いかけに答えるなら
-自分を自由に表現できるのがこども
 表現できなくなっているのが大人。
 そして、自分を表現することを楽しめるのがこども
 表現する楽しさを忘れてしまっているのが大人
と言えるかもしれません。実際、講座やワークショップの参加者からの戸惑いの声で
一番多いのが「自由に表現していいってどういうこと??」ですよね(笑)

一方、こどもは「自由に描いていいよー」と言ったら最後
後の片づけのことなんて考えず、本当に思う存分楽しみます(苦笑)

自分を思うままに自由に表現することって本当はとても楽しいことなんですよね。
そして、思う存分表現して充分に発散ができると、自然と気持ちは安定していきます。

大人の方にもぜひそんな体験をしていただきたいという思いから
さまざまなアートセラピーを1年を通して体験できる
「大人のためのアートセラピー」を来年から月1回、平日午前中に開催する予定です。
※詳細が決まり次第アップします。

「私ってこんなこと好きだったかも」とか
「家族のことを考えずに思い切り楽しめた」とか
「私こんなことを考えていたんだ」など
楽しみながらさまざまな視点から自分を見つめたり
自己理解を深めるきっかけになればと願っています。

週末に外出することが難しい方も
ぜひこの機会に気軽にお越しいただけたらうれしいです。

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by art-yokohama | 2012-11-07 00:00 | ブログ

貢献するということ

セラピストとして心がけていることに
「自分への貢献と他者への貢献」があります。

精神分析やメンタルケアに関心を持ち始めたのは
周りで苦しんでいる人を救いたいという一心からでした。

ですが、学んでいくうちに
他者への貢献だけでは、それは自己犠牲にすぎず
それだけでは周りは救われないということを学んでいったのです。

「周りも大切なように、自分のことも大切」
当時、そう指摘されても自分を大切にするという意味が分からないまま
他者への貢献だけで前に進んでいました。

セラピストとなった今では
その捉え方も貢献の仕方もずいぶんと変わりました。

そして一番変わったことは
他者と同じように自分を大切にするということが
なにより大切なことだということに
実感をもって気づくことができたということです。

そうして、以前の私を知っている人から見たら
かなりゆるくなってしまった私ですが
それが本来の私だったのかもと受け入れている自分もいて
それが心地良くも感じています。

とは言え、自分の時間は思うように持てず
忙しい日々を過ごされている方はかなり多いことと思います。

そんな中、一瞬でも本来の自分自身を取り戻す
自分のためだけの時間や空間を味わう楽しみを忘れないでいただきたい
そう願っているこの頃です。

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by art-yokohama | 2012-09-13 00:00 | ブログ

久々。。(その2)

またまた気がついてみると前回のブログから2か月がたっていました。

前回と同じく、ここ最近、特に慌ただしかったというわけでもないのですが
気持ちの上ではなんとなく落ち着いていなかったのでしょうね。
ずっと気になっていた箇所の片づけにようやく取りかかることができたことからも
やっとブログが書けるような状態になったということでしょうか。。。(苦笑)

そういえば、少し前になりますがNHKで「TED」の紹介をしていたのを見ました。
TEDとは、あらゆる分野の人たちが(といっても誰でも選考を通過すれば
ネットで動画が公開されるのですが)18分間で自分のしたいプレゼンをするというもの。
元米大統領のクリントンさんなど著名人のプレゼンもありますが
ごく一般の人のプレゼンを見ることができるのが面白いところです。
(TEDの動画はこちら→ http://www.ted.com/

語るというのは自己表現のひとつです。
ですから、語ることは発散にもなりますし
充分に発散できると、気持ちは落ち着き安定していきます。
その効果は、TEDのような公の場でなくても、1対1でも得られます。

自分のことを語ることには抵抗があっても
好きなことや夢について語ることはどうでしょう。
考えただけでも楽しくなってきませんか?

傾聴を広め深める会「こだま」さんでは
月1回、傾聴に関心のある方だけではなく、お話をしたい方も
自由に参加できる場、傾聴カフェ「こだま」を開催されています。
(イベントの紹介はこちらから→ http://arttherapy.exblog.jp/18212254/

私は「聴く」ということを仕事としていますが
聴くだけではなく、語ることで得られる解放感や充実感も
ぜひ気軽に体験していただけたらと思っています。

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by art-yokohama | 2012-07-13 00:00 | ブログ

錯視

目の錯覚ともいいますが、私はこれが大好きです。
同じ色なのに、違う色に見えたり
同じ長さなのに、違う長さに見えたり
まっすぐなのに、曲がって見えたり。
※幾何学的錯視は種類も多いので興味のある方は検索してみてくださいね。

よく見れば同じに見えるはず、と
見方を変えたり目を凝らしたりするのですが全くのムダ(笑)
同じでしょ、ということが証明された後でも
何度見返しても不思議な感覚が尽きることがなくて
やっぱり違ってみえるところが、とにかく面白い。

画の中の、こんな単純な1本の棒すら
正確に見えないことを体験してしまうと
自分の能力や理解の枠がとてもちっぽけに思えます。

見えていないことはおそらく
想像以上に無限にあるのでしょうね。

だからこそ、小さなとらわれに縛られるのはやめて
自由なモノの見方で毎日を楽しんでいきたいものです。

すがすがしいこの季節が大好きな内山でした。

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by art-yokohama | 2012-05-16 00:00 | ブログ

久々。。

ブログを書くのは久々となりました。
ほぼ1ヶ月毎に書いていたのに、気づいたら前回から2ヶ月が。。
仕事やプライベートが慌ただしかった訳でもありませんが
どこかで気持ちが落ち着いていなかったんでしょうね。

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「忙しい」という字は「心を亡くす」と書きます。
-忙しいと言ってる人は「自分を見失ってる」と言ってるのと同じだよ。
新卒で入った会社を辞めるとき
尊敬していた他部署の部長から、そう言われました。

その言葉が自分の中の深いところに刻み込まれたようで
あの時から、どんなに諸々に追われている状況でも
自分から「忙しい」という言葉を使うことは自然となくなったようです。

ちなみに、物事に忙殺されると
ついつい自分の置かれている状況を
ネガティブに捉えてしまうことがありますよね。
ただ事実を事実として受け止めるのではなく
そこに「もうダメだ」とか「もうイヤだ」とか
マイナスの感情が加わってしまう。

そうなると、冷静さを失って
本来ならできる適切な対応も
自分らしさも発揮できなくなってしまいます。

人はなかなか厄介なものですよね。

常に平常心を保つことはなかなか難しいですが
事実と感情を切り離して考えることならできそうです。

この春
そんなことを改めて思いおこした内山でした。
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by art-yokohama | 2012-04-22 00:00 | ブログ